2005年02月20日

戦後60年 無言館 遺された絵画展

私は時折美術館に行って、感動したり嬉しかったり、時には衝撃を感じたりするわけですが、それを私は見る上での大事な価値基準にすればよいのだと考えています。芸術的に優れているとか、新しい表現方法であるとかの基準は、表現というものの本質からすれば小さな問題だと思っています。表現とは結局、表現者の心の告白であり魂の成すわざです。東京ステーションギャラリーの『戦後60年 無言館 遺された絵画展』を見ました。この展覧会は長野県上田市にある『無言館』の収蔵作品を中心にして、太平洋戦争に召集され戦死した画学生と卒業して間もない画家たちの作品と遺品が展示されています。東京美術学校在学中に学徒出陣しルソン島で頭部を狙撃され23歳で戦死した芳賀準録。繰り上げ卒業をし満州で25歳で戦病死した尾田龍馬。美術学校卒業後、懐妊した妻を残しニューギニアマダム島で29歳で戦死した市瀬文夫。不幸にも太平洋戦争という時代に遭遇し、その時代の渦の中に呑み込まれていった58人の若き画家たちの展覧会です。会場には年輩者の姿が多く見られ、目を赤くした人、鼻をすする人が少なくありません。『無言館』のわりには、余分な説明が多く、それが涙腺に利くということはあると思いますが、画学生の死だけが特別に非業であるわけでなく、戦争は悲惨であるに決まっているだろうと胸の中で文句を言いながらも、私もその一人でした。この時代の空気がそうさせるのか、あるいは暗い運命の予感のせいか、どの作品も悲しく、初々しい魂の輝きを放っています。私はこの展覧会を見て少なからず心を揺さぶられましたが、無念の死を遂げた若者への鎮魂展というべき展覧会の様相には違和感を感じました。彼らは表現者である以上、それがどんな時代であってもその生きた場所に自分の表現をうち立てるしかないのです。その視点においてこの展覧会の在り方は、彼らの悲運と残された家族の悲しみにばかり強調され、彼らを一個の表現者として捉える姿勢に欠けているように思いました。


「戦後60年 無言館 遺された絵画展」
〈東京展〉東京ステーションギャラリー 平成17年2月5日―3月21日
〈福井展〉福井県立美術館 平成17年4月29日―5月29日
〈愛知展〉豊川地域文化広場桜ヶ丘ミュージアム 平成17年6月10日―7月3日
〈兵庫展〉丹波市立植野記念美術館 平成17年7月8日―7月24日
〈京都展〉京都府京都文化博物館 平成17年7月30日―8月28日
〈広島展〉尾道市立美術館 平成17年12月23日―平成18年2月5日
posted by 長良川画廊 at 14:36| Comment(0) | 日記